日本の原子力政策と原子力行政の現在地 ―もんじゅと高速炉開発に関する動向を中心に―

昨今のもんじゅや高速炉開発を巡る動向を踏まえて,自分なりに状況を整理してみました。

海外赴任中に気付いたことをまとめるために始めてみたものの案の定?三日坊主に終わっていた当ブログですが,今回は少しまとまって書き留めたいと思い投稿しました。

元々公開情報の整理を目的として作業を始めたこともあり,事実関係に関する大胆な推論や,核燃料サイクルの是非などの突っ込んだ政策論の展開は控えてあるので,読み物としては退屈かもしれません。

ただ,現在の原子力政策・原子力行政は全体像が分かりにくいので,各種発表や報道のバックグラウンドにでもなれば幸いです。

本文の構成は以下のとおり。

  1. もんじゅを巡る昨今の動向
  2. 原子力政策と高速炉開発
  3. 原子力行政の変容と課題

1.もんじゅを巡る昨今の動向

2016年9月21日,内閣官房に設置されている原子力関係閣僚会議にて,「今後の高速炉開発の進め方について」が審議された[1]。この「進め方」は,従来の核燃料サイクル政策からの方針転換を示唆するものであり,今後の動向が注目されている。

今後の高速炉開発の進め方について(下線は筆者)

1.我が国は、「エネルギー基本計画」に基づき、核燃料サイクルを推進するとともに、高速炉の研究開発に取り組むとの方針を堅持する。

2.一方、東京電力福島第一原発事故後の新規制基準の策定、日仏高速炉協力の開始など、我が国の高速炉開発を取り巻く環境について、近年、大きな情勢の変化があった。

3.こうした情勢変化を踏まえ、国内の高速炉開発の司令塔機能を担うものとして、新たに「高速炉開発会議(仮称)」を設置する。同会議は、経済産業大臣を中心に、文部科学大臣日本原子力研究開発機構及び高速炉開発に携わる民間事業者(電力事業者及び原子炉メーカー)の参画 を得て構成する。

4.高速炉開発会議は、今後の我が国の高速炉開発方針案の検討・策定作業を行うこととし、同方針は、本年中に原子力関係閣僚会議で決定することとする。

5. もんじゅ」については、廃炉を含め抜本的な見直しを行うこととし、その取り扱いに関する政府方針を、高速炉開発の方針と併せて、本年中に原子力関係閣僚会議で決定することとする。

もんじゅの運転主体に関する原子力規制委員会の勧告

これに先立つ2015年11月,原子力規制委員会は,文部科学大臣に対して勧告を発出し,「おおむね半年を目途に」日本原子力研究開発機構(JAEA)に代わる高速増殖原型炉もんじゅの運転主体を特定すること,それが困難であれば発電用原子炉施設としてのもんじゅの在り方を抜本的に見直すことを求めた[2]

規制委員会は,勧告の背景として,もんじゅの保守管理等の不備に係る種々の問題に関して,2012年12月と2013年5月に日本原子力研究開発機構に対して保安措置命令を発出したが,これまでに十分な改善が見られなかったことから,もんじゅの運転主体としての適格性について「安全の確保の観点から重大な懸念を生ずるに至った」としている。

勧告を受けて文部科学省は,2015年12月に「もんじゅ」の在り方に関する検討会を設置し,①もんじゅの品質保証・保守管理,②もんじゅの運営,③発電用原子炉施設としての「もんじゅ」の在り方を検討した[3]。同検討会は,2016年5月に報告書を取りまとめたが[4],報告書の内容は規制委員会の勧告に直接的に回答する内容にはなっていない。馳文部科学大臣(当時)も,検討会の最後の会合で「原子力規制委員会の勧告に答えていくには,まさしくまだ道半ば」と発言している[5]。その後も,文科省から規制委員会に対して回答を提出した事実は確認されていない[6]

一方の原子力機構は,引き続き,2013年5月に規制委から受けた保安措置命令への対応を行い,勧告直前の規制委員会との会合で宣言した通り,「オールジャパン体制(短期集中チーム)」を発足させて改善活動に取り組んだ。その結果は,2016年8月に規制庁に対して報告された[7]

2.原子力政策と高速炉開発

(1)原子力政策の概観

現在,日本の原子力政策を既定する最上位の政策文書は,エネルギー政策基本法(第12条)に基づいて現政権が取りまとめ,2014年4月に閣議決定された「エネルギー基本計画」である[8]

この中で原子力は「安全性の確保を大前提に,エネルギー需給構造の安定性に寄与する重要なベースロード電源」と位置づけられ,「いかなる事情よりも安全性を全てに優先させ,国民の懸念の解消に全力を挙げる前提の下」,原子力規制委員会の規制基準に適合すると認められた原子力発電所については再稼動を進めつつ,原発依存度は可能な限り低減させるとの方針が示された。

現在の原子力政策(エネルギー基本計画第3章第4節「原子力政策の再構築」より抜粋)

原子力政策の出発点

国民の間には原子力発電に対する不安感や、原子力政策を推進してきた政府・事業者に対する不信感・反発がこれまでになく高まっている。

我が国におけるエネルギー問題への関心は極めて高くなっており、様々な立場からあらゆる意見が表明され、議論が行われてきている。政府は、こうした様々な議論を正面から真摯に受け止めなければならない。

福島の再生・復興

福島の再生・復興に向けた取組は、エネルギー政策の再構築の出発点である。

最優先課題として、廃炉・汚染水対策、原子力賠償、除染・中間貯蔵施設事業、風評被害対策など、福島の再生・復興に全力で取り組んでいかなければならない

不断の安全性向上/

事業環境の確立

安全神話」と決別し、世界最高水準の安全性を不断に追求していく。

原子力規制委員会により世界で最も厳しい水準の規制基準に適合すると認められた場合には、その判断を尊重し原子力発電所の再稼働を進める

産業界は、自主的に不断に安全を追求する事業体制を確立し、…国はそれを可能とする安定的な事業環境の整備等必要な役割を果たしていく。

使用済燃料問題の解決/

核燃料サイクル

使用済燃料問題は世界共通の課題である。将来世代に負担を先送りしないよう、現世代の責任として、その対策を確実に進めることが不可欠である。

高レベル放射性廃棄物については、国が前面に立って最終処分に向けた取組を進める。…使用済燃料の貯蔵能力の拡大へ向けて政府の取組を強化する。

再処理やプルサーマル等を推進するとともに、中長期的な対応の柔軟性を持たせる。

信頼関係の構築

原子力利用には、原子力関係施設の立地自治体や住民等関係者の理解と協力が必要であり、…国は、立地自治体等との丁寧な対話を通じて信頼関係を構築する

国際社会との対話を強化し、迅速かつ正確な情報発信を行う。

世界の原子力安全の向上や原子力の平和利用に貢献していくとともに、核不拡散及び核セキュリティ分野において積極的な貢献を行うことは我が国の責務

(2)高速炉開発及びもんじゅの位置づけ

エネルギー基本計画では,「核燃料サイクル政策の推進」及び「放射性廃棄物の減容化・有害度低減のための技術開発」の2つの文脈で「米国や仏国等との国際協力を進めつつ,高速炉等の研究開発に取り組む」ことが定められた。

また,もんじゅについては,「廃棄物の減容・有害度の低減や核不拡散関連技術等の向上のための国際的な研究拠点と位置付け,これまでの取組の反省や検証を踏まえ,あらゆる面において徹底的な改革を行い,もんじゅ研究計画に示された研究の成果を取りまとめることを目指し,そのため実施体制の再整備や新規制基準への対応など克服しなければならない課題について,国の責任の下,十分な対応を進める」とされた。

高速炉開発の優先順位

エネルギー基本計画の策定後,高速炉開発が公に議論の遡上に上がったのは今回が初めてだが,その間に策定された原子力政策や科学技術政策に係る重要な政策文書を読み解いていくと,現政権における高速炉開発の位置づけが透けて見える。

2015年10月6日,原子力関係閣僚会議は「原子力政策に関する当面の課題と方向性」と題する文書を公表した[9]。同文書は,1頁3項目のみの短いものだが,福島の復興や廃炉から,原発依存度の低減,防災対策など,原子力政策に関わる主要課題が総花的にまとめられている。この中で,核燃料サイクル政策については,「確実な再処理体制の整備」,「使用済燃料の貯蔵対策の強化」,及び「高レベル放射性廃棄物の最終処分」が明示されているが,高速炉開発は含まれていない。

科学技術に関する主な政策文書には,「第5期科学技術基本計画」(2016年1月閣議決定[10]や,「科学技術イノベーション総合戦略2016」(同5月閣議決定[11]があるが,両者とも「核燃料サイクル技術」の研究開発への言及のみに留まり,やはり,高速炉については触れられていない。第2期(2001~2005)や第3期(2006~2010)の科学技術基本計画では,エネルギー分野の「分野別推進戦略」の中で高速増殖炉サイクル技術が明記されており,また,福島第一原発事故後に策定された第4期(2011~2015)でも,FBRサイクルの研究開発は「我が国のエネルギー政策や原子力政策の方向性を見据えつつ,実施する」と記載されていたこととは対照的である。

高速炉に関する国際協力

高速炉については,これまでも二国間や多国間での協力を行ってきているが,近年の動向としてはASTRID計画がある。ASTRIDはフランスのナトリウム冷却高速炉の実証炉の計画であり,核変換による放射性廃棄物の減容等も目的としている[12]。日仏両国は,2014年5月にASTRID計画を含む高速炉協力について政府間取決めを,同8月に実施機関間の取決めを締結した。ただし,現在の取決めはASTRIDの設計,研究開発段階を対象としており,建設段階は対象ではない。

なお,政府間取決めは,日仏首脳会談の共同プレスリリース[13]にも盛り込まれた。

(3)核燃料サイクル政策の他の要素

前節では高速炉開発について概観したが,本来高速炉開発は,使用済燃料の管理や放射性廃棄物の処分等と一体となって検討・判断されるべきものである。エネルギー基本計画では,核燃料サイクルの政策方針として,「高レベル放射性廃棄物の最終処分に向けた取組の抜本強化」,「使用済燃料の貯蔵能力の拡大」,「放射性廃棄物の減容化・有害度低減のための技術開発」,「再処理やプルサーマル等の推進」を掲げると同時に,「中長期的な対応の柔軟性」の確保に言及している。

高レベル放射性廃棄物の最終処分

高レベル放射性廃棄物の最終処分については,エネルギー基本計画の閣議決定以前から,最終処分関係閣僚会議と,総合資源エネルギー調査会の2つのワーキンググループ(放射性廃棄物WG,地層処分技術WG)で議論がなされてきたが,2015年5月に新たな基本方針が閣議決定された[14]。この方針のポイントの1つは「国による科学的有望地の提示」であり,同調査会の地層処分技術WGにて要件・基準の検討がなされ,2016年8月に検討結果案が提示された[15]

また,2015年12月の第5回最終処分閣僚会議での決定を受けて,原子力委員会は,2016年5月に放射性廃棄物専門部会を設置した[16]原子力委員会は,2016年10月6日,同部会が取りまとめた「最終処分関係行政機関等の活動状況に関する評価報告書」[17]を承認した。

使用済燃料の貯蔵

使用済燃料の貯蔵について,基本となるのは2015年10月に公表された「使用済燃料対策に関するアクションプラン」である[18]。この中では,政府と事業者による協議体の設置,事業者による使用済燃料対策推進計画の策定,交付金制度の見直し等が示された。「アクションプラン」に基づき,2015年11月に使用済燃料対策推進協議会の第1回会合が開催され,電気事業連合会から「使用済燃料貯蔵対策の取組強化について(「使用済燃料対策推進計画」)」が提示された[19]

使用済燃料の再処理

使用済燃料の再処理については,電力システム改革等に伴う事業環境の変化を踏まえ,総合資源エネルギー調査会原子力事業環境整備検討専門WGで議論されてきた。同WGは,総合資源エネルギー調査会原子力小委員会の中間整理[20]を受けて設置され,核燃料サイクル事業に対する資金拠出の在り方や事業実施主体の在り方などを検討し,2016年2月に中間報告を公表した[21]。同報告には,安定的な資金確保の手当てのために積立金制度から拠出金制度へ変更することや,確実な事業の実施のために新たに認可法人を設立することなどが盛り込まれた。

これに基づき,「原子力発電における使用済燃料の再処理等のための積立金の積立て及び管理に関する法律の一部を改正する法律」(再処理等拠出金法案)が第190回国会に提出された。同法案は,衆議院での審議における修正の上,参議院で可決,成立し,2016年5月18日に交付された[22]。その後,2016年10月3日には同法に基づき,使用済燃料再処理機構が発足した[23]

なお,同法案には衆参両院の附帯決議がある[24]。両者は,修辞上の違いを除いて同一であり,政府に対して,使用済燃料直接処分の技術開発を含む多様なオプションの検討や,「利用目的のないプルトニウムは持たない」との原則の堅持などを求めている(ただし,法的拘束力を有しない)。

(4)もんじゅ廃炉の可能性と核燃料サイクルの行方

「進め方」では,「核燃料サイクルを推進するとともに,高速炉の研究開発に取り組むとの方針を堅持」する一方,もんじゅについては「廃炉を含め抜本的な見直しを行う」とされている。前者については上記(2)で整理した既存の政策から逸脱はないが,後者については一見従来からの方針と乖離があるようにも見える。しかし,そもそもエネルギー基本計画でも,もんじゅについては曖昧な表現に留まっていた上,他の政策文書を見る限り,現政権の中での高速炉開発の優先順位は(少なくとも短期的には)高くないと見られ,廃炉の決定がなされても驚きではない。

では仮にもんじゅ廃炉になった場合,核燃料サイクルはどこへ向かうのか。「進め方」では,もんじゅ廃炉と,核燃料サイクルの維持及び高速炉の研究開発は両立するものとして示されているが,現状維持でない以上,原子力政策全体としてチューニングが必要であろう。

まず,高速炉開発という文脈では,もんじゅを除く国内の技術基盤と政策資源を踏まえて,今後の見通しを整理する必要がある。政策資源としては国際協力(特に日仏協力)が主体となると考えられるが,柱であるASTRIDはまだ基礎設計の段階であることに加え,協力の中にはもんじゅでの試験も含まれていたことから,もんじゅ廃炉した際の影響にも留意が必要である。また,日本の原子力開発において,国際協力を開発の中心に据えているのは,過去を含めても,核融合ITER)だけであり,技術基盤の確立や人材育成などの戦略を慎重に構築する必要があるだろう。

高速炉開発の見通しが変化した場合,使用済燃料の再処理についても,中長期的な政策上の位置づけが大きく変わり得る。また高レベル放射性廃棄物の処分については,使用済燃料の直接処分が現実的な選択肢となる場合,使用済燃料についても「第一種特定放射性廃棄物」に読みこめるよう,「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律」を改正しなければならないが,その場合,最終処分場の立地に係る合意形成プロセスに影響を及ぼす可能性があり,留意が必要である。

一方で,短期的な再処理事業の在り方や,使用済燃料の貯蔵能力の拡大については,もんじゅの存廃に関わらず,「利用目的のないプルトニウムは持たない」との原則やプルサーマルの実施状況などに鑑みて判断すべきである。

3.原子力行政の変容と課題

「進め方」では,高速炉開発に関する政策の方針に加えて,政策調整プロセスについても言及しているが,この点も重要であり,以下,原子力行政を巡る近年の動向を踏まえて整理する。

(1)原子力委員会の役割の見直し

原子力利用に関する基本政策は,長年,原子力委員会が「原子力政策大綱」や「原子力開発利用長期計画」として取りまとめ,高速炉開発のような個別の政策は専門部会を設置して検討してきた。しかし,2013年12月の「原子力委員会の在り方見直しに関する有識者会議」の報告[25]で,「原子力政策全体を見通した網羅的な「原子力政策大綱」は作成しない」,核燃料サイクル政策等については「技術オプションの評価等を行う意義」はあるが,あくまで「エネルギー基本計画との整合性をとりつつ,必要に応じた検討に限って取り組むべき」と結論付けられたことを受け,原子力委員会の役割は縮小されることとなり,2014年に原子力委員会設置法が改正された。

設置法改正後も,原子力委員会には,原子力利用に関する「政策」や「事務の調整」等を審議・決定し,総理を通じて関係行政機関の長へ「勧告」する権限は残っており,現在でも,中長期を見据えた「原子力利用の基本的な考え方」の策定に向けた検討[26]や,様々な答申や見解の発出等を行っているが,今後,政府内でどの程度の政策調整機能を果たしていくかは定かではない。

(2)原子力関係閣僚会議を中心とした政策調整

現在,原子力に関する主要課題についての政策調整は,原子力関係閣僚会議を中心とする一連の会議体が担っている[27]原子力関係閣僚会議は,2013年12月13日に閣議口頭了解によって設置が決定された[28]。「原子力政策に関する重要事項に関し,関係行政機関の緊密な連携の下,これを総合的に検討する」を目的としており,実質的な司令塔機能が付与されている。

同会議は,内閣官房長官が主宰し,外務大臣文部科学大臣経済産業大臣内閣府特命担当大臣(科学技術政策)及び内閣府特命担当大臣原子力防災)から構成され,事務局は内閣官房が担っている。

下表はその他の関連会議体の一覧である。

名称

最終処分関係閣僚会議

原子力防災会議

原子力災害対策本部

根拠

閣議口頭了解[29](2013年12月13日)

原子力基本法(第3条)

原子力災害対策特別措置法(第16条)

目的

高レベル放射性廃棄物の最終処分について総合的に検討

原子力防災対策に関する関係機関間の調整,計画的な施策遂行

緊急事態応急対策及び原子力災害事後対策の推進

構成

内閣官房長官(主宰),総務大臣文部科学大臣経済産業大臣内閣府特命担当大臣(科学技術政策)

内閣総理大臣(議長),内閣官房長官環境大臣原子力規制委員会委員長(以上,副議長),その他全ての国務大臣内閣危機管理監

内閣総理大臣(本部長),内閣官房長官環境大臣原子力規制委員会委員長(以上,副本部長),その他全ての国務大臣内閣危機管理監

事務局

内閣官房経済産業省が協力)

環境省原子力規制庁環境大臣が事務局長)

内閣府(政策統括官他)

原子力規制庁(長官他)

(3)アドホックな協議体による政策調整の功罪

今回の「進め方」では,「国内の高速炉開発の司令塔機能を担うものとして,新たに「高速炉開発会議(仮称)」を設置」することが示された。同会議は「経済産業大臣を中心に,文部科学大臣日本原子力研究開発機構及び高速炉開発に携わる民間事業者(電力事業者及び原子炉メーカー)の参画を得て構成」される[30]。これは原子力関係閣僚会議等と同じく,総合調整のためにアドホックな協議体を設置する方法[31]であるが,以下,この方法の功罪について考察を試みる。

政策調整機能の再構築

前項までに概観したように,原子力委員会の役割の見直し以降,原子力政策に関する政府内での調整機能が変容しているが,少なくとも当面の重要課題については,原子力関係閣僚会議を中心として,政策の実行に責任を持つ行政機関間での政策調整が行われている。現在の原子力核燃料サイクル政策,特に当面の重要課題については,どのような意思決定を行うにしても,政策的な調整だけでなく,国内外での政治的な調整も必要となることから,政治的資源を動員できる閣僚が関与して調整を行う体制が出来たことについては,前向きな評価も可能だろう。ただし,中長期的な政策に関する調整機能の所在は,原子力委員会の役割を含めて,不明瞭なままである。

一方で,アドホックな協議体を中心としていることゆえの課題も散見される。

制度としての安定性の欠如

第一に,原子力関係閣僚会議等は閣議口頭了解に基づいて設置されており,立法上の基盤を持たないため,制度としての安定性に欠ける。行政府の一存で統廃合が出来てしまうため,特に政権交代による影響を受けやすいと考えられるが,これは常に政策調整の必要性が生じ得る原子力行政にとっては望ましい状態ではない。

最終決定権者の曖昧さ

第二に,原子力関係閣僚会議と最終処分関係閣僚会議は官房長官が主宰するが,高速炉開発会議は経済産業大臣が中心となることになっており,最終的に誰の責任の下で政策調整,政策決定を行うのか,曖昧さが残っている[32]。中長期的な政策調整も含め,調整や決定に責任を持つ主体は明確にしておく方が望ましい。

不明瞭な政策決定過程

この他,政策決定過程に関して,制度設計が不十分だと考えられる点は以下のとおり。

  • 運営や情報公開等の規則が十分に整備されておらず,政策決定過程の透明性が欠けている。
  • 民意の反映のプロセス(パブリックコメントの実施等)が曖昧である。
  • 政策形成過程における専門性の調達が不十分な可能性がある。
    (意思決定の場が閣僚会合となり,政治的な調整が可能になったことの裏返しとも言える)
  • 事務局が常設ではないため,政策に関する情報や知識等が蓄積されない可能性がある[33]

 

[1] 第5回原子力関係閣僚会議,今後の高速炉開発の進め方について,2016年9月21日
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/genshiryoku_kakuryo_kaigi/dai5/siryou3.pdf

[2] 原子力規制委員会,高速増殖原型炉もんじゅに関する文部科学大臣に対する勧告,2015年11月13日
https://www.nsr.go.jp/data/000129633.pdf

[3] 文部科学大臣決定,「もんじゅ」の在り方に関する検討会,2015年12月22日
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/kaihatu/019/attach/1366088.htm

[4] 文部科学省,「もんじゅ」の運営主体の在り方について,2016年5月27日
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/kaihatu/019/houkoku/1371588.htm

[5] 文部科学省,「もんじゅ」の在り方に関する検討会(第9回)議事録,2016年5月27日
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/kaihatu/019/gijiroku/1372115.htm

[6] 以下の記事によれば,政府方針がまとまる2016年末以降に報告される模様。
毎日新聞もんじゅ 規制委へ見直し方針報告 文科省,2016年9月23日
http://mainichi.jp/articles/20160924/k00/00m/040/098000c

[7] 日本原子力研究開発機構,「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律第 36 条(現第 43 条の 3 の 23)第 1 項の規定に基づく保安のために必要な措置命令について(平成25 年 5 月 29 日 原管P発第 1305293 号)」に対する対応結果報告(改訂)について,2016年8月18日
https://www.nsr.go.jp/data/000161128.pdf

[8] 経済産業省,エネルギー基本計画,2014年4月11日
http://www.enecho.meti.go.jp/category/others/basic_plan/pdf/140411.pdf

[9] 原子力関係閣僚会議,原子力政策に関する当面の課題と方向性,2015年10月6日
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/genshiryoku_kakuryo_kaigi/pdf/1006siryou1.pdf

[10] 内閣府,科学技術基本計画,2016年1月22日
http://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/5honbun.pdf

[11] 内閣府,科学技術イノベーション総合戦略2016,2016年5月24日
http://www8.cao.go.jp/cstp/sogosenryaku/2016/honbun2016.pdf

[12] 第4世代ナトリウム冷却高速炉実証炉(ASTRID)の概要,第39回原子力委員会資料,2014年12月10日
http://www.aec.go.jp/jicst/NC/iinkai/teirei/siryo2014/siryo39/siryo1-3.pdf

[13] 外務省,安倍晋三日本国総理大臣のフランス共和国訪問の際の日仏共同プレスリリース,2014年5月5日
http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000037579.pdf

[14] 特定放射性廃棄物の最終処分に関する基本方針,2015年5月22日
http://www.meti.go.jp/press/2015/05/20150522003/20150522003-1.pdf

[15] 放射性廃棄物WG,科学的有望地の提示に係る要件・基準の検討結果(案),2016年8月
http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/denryoku_gas/genshiryoku/houshasei_haikibutsu_wg/pdf/028_03_02.pdf

[16] 原子力委員会,放射性廃棄物専門部会の設置について,2016年5月17日
http://www.aec.go.jp/jicst/NC/senmon/hosya_haiki/siryo01/siryo1.pdf

[17] 原子力委員会放射性廃棄物専門部会,最終処分関係行政機関等の活動状況に関する評価報告書,2016年9月30日
http://www.aec.go.jp/jicst/NC/iinkai/teirei/siryo2016/siryo32/siryo1-1.pdf

[18] 最終処分関係閣僚会議,使用済燃料対策に関するアクションプラン,2015年10月6日
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/saisyu_syobun_kaigi/pdf/1006siryou1.pdf

[19] 電気事業連合会,使用済燃料貯蔵対策の取組強化について(「使用済燃料対策推進計画」),2015年11月20日
http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/energy_environment/shiyouzumi_nenryou/pdf/001_03_00.pdf

[20] 総合資源エネルギー調査会原子力小委員会,原子力小委員会の中間整理,2014年12月
http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/denkijigyou/genshiryoku/pdf/report01_01.pdf

[21] 原子力事業環境整備検討専門WG,新たな環境下における使用済燃料の再処理等について,2016年2月
http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/denkijigyou/kentou_senmon/pdf/report_01_01.pdf

[22] 原子力発電における使用済燃料の再処理等のための積立金の積立て及び管理に関する法律の一部を改正する法律(改正後:原子力発電における使用済燃料の再処理等の実施に関する法律)
http://www.meti.go.jp/press/2015/02/20160205001/20160205001-8.pdf

[23] 経済産業省,使用済燃料再処理機構が発足しました,2016年10月3日
http://www.meti.go.jp/press/2016/10/20161003001/20161003001.html

[24] 原子力発電における使用済燃料の再処理等のための積立金の積立て及び管理に関する法律の一部を改正する法律案に対する附帯決議
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_rchome.nsf/html/rchome/Futai/keizaiA434A071B3E18FCE49257F9C00271C6D.htm衆議院 経済産業委員会
http://www.sangiin.go.jp/japanese/gianjoho/ketsugi/190/f071_051001.pdf参議院 経済産業委員会

[25] 原子力委員会の在り方見直しのための有識者会議, 原子力委員会の在り方見直しについて,2013年12月10日
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/genshiryoku_kaigi/pdf/houkoku.pdf

[26] 内閣府原子力政策担当室,原子力委員会の「原子力利用に関する基本的考え方」 論点整理について,2016年3月29日
http://www.aec.go.jp/jicst/NC/iinkai/teirei/siryo2016/siryo13/siryo2.pdf

[27] 原子力関係閣僚会議,原子力政策に関する当面の課題と方向性(資料),2015年10月6日
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/genshiryoku_kakuryo_kaigi/dai3/siryou1-1.pdf

[28] 内閣官房原子力関係閣僚会議の開催について,2013年12月13日
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/genshiryoku_kakuryo_kaigi/pdf/konkyo.pdf

[29] 内閣官房,最終処分関係閣僚会議の開催について,2013年12月13日
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/saisyu_syobun_kaigi/pdf/konkyo.pdf

[30] 経済産業省,高速炉開発会議の設置について,2016年10月7日
http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/energy/fr/pdf/001_01_00.pdf

[31] 高速炉開発については,2006年に事務レベルの「高速増殖炉サイクル実証プロセスの円滑移行に関する五者協議会」(五者:文部科学省経済産業省,JAEA,電気事業連合会,日本電機工業会)が設置されており,同協議会を閣僚級に上位互換したという捉え方もあり得る。ただし,若干構成は異なる(電工会→三菱重工)。

[32] 原子力防災や災害対策は内閣総理大臣が最終決定権者だが,これらは立法措置に基づく。

[33] 原子力委員会であれば内閣府原子力政策担当室,エネルギー基本計画であれば資源エネルギー庁総合政策課と担当がはっきりしている。

実務家とアカデミアの距離:マクファーレン米NRC委員長の退任の報に触れて

米国・原子力規制委員会(NRC, Nuclear Regulatory Commission)のアリソン・マクファーレン委員長が,2018年までの任期を残して明年1月1日付で退任し,ジョージ・ワシントン大学の国際科学技術センター(Center for International Science and Technology Policy)のセンター長に就任することが発表された。

NRCの公式発表及びジョージ・ワシントン大学のプレスリリースによれば,就任時のミッションであった「混乱期にあったNRCの組織を立て直すこと」及び「福島第一原発事故等から充分な教訓を学ぶこと」を一定程度達成したことから,今後はアカデミアに戻り,原子力安全や核セキュリティに係る教育・研究,並びに後進の育成に注力したいとのこと。

米主要紙(NYTWP)は,退任の背景について,上院環境公共委員会の委員長を務めるBarbara Boxer上院議員(カリフォルニア選出,民主党)との軋轢や,フィルター付ベントや使用済燃料のドライキャスク貯蔵を巡って委員会内で少数派だったことなどを挙げている。

今の仕事でも,重要な国際会議の際にトレードマークのピンクのスーツで颯爽と登場されているのを拝見していたし,米国のみならず,日本の原子力界にとってもキーパーソンの1人だと思っていたので,今回の退任発表には驚いたと同時に残念に思う。

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マクファーレン女史は,元々アカデミア(NRC委員長就任直前はジョージ・メイソン大学准教授)で,ユッカマウンテン処分場の問題を含め,放射性廃棄物の地層処分等がご専門。2011年12月には,東大で開催されたシンポジウムに登壇され,終了後の懇親会でもご一緒したことがあったが,その半年後の2012年7月にNRC委員長に就任され,当時は大変驚いた。

そもそも40代後半でNRC委員長に指名されたこと自体すごいと思うが,政府の責任あるポジションを経験した人物を,50歳というまだまだ現役のタイミングでファカルティに迎えられる大学,特に在籍する学生はとても恵まれていると思う。在野の政策研究の質も上がるだろうし,裾野も広がるだろうなと思う。

日本でも学識経験者が政府の要職につくことは珍しくなく,現に自分自身が学部・大学院と薫陶を賜った指導教員は,2人とも原子力安全委員会原子力規制委員会の委員に就任している。ただ,2人とも大学の定年を間近に控えての転籍だったので,実質片道切符で,その経験を教育・研究に生かす機会は限られる(学会や個人的な繋がりなどはあるが)。

必ずしもどの国にでも当てはまる条件ではないだろうけれど,個人的には,自分のキャリア形成に関する願望も含めて,実務家とアカデミアの間のこのような距離感は羨ましいなと思う。

原子力という「色眼鏡」

ウィーンで仕事をし始めて1年5か月が経った。直前まで大学院にいたので,日本的な言い方で言えば「社会人1年目」をウィーンで始めて,2年目の凡そ半分まで来たところ。

大学院以来,原子力発電や核不拡散,原子力安全(福島第一原発事故後)といったテーマに取り組んできたが,ウィーンに来てからは,原子力放射線技術の発電以外の利用,発展途上国への技術協力といった,また毛色の違った仕事に取り組んでいる。

専門性としては,プロフェッショナル・キャリアの序盤で早くも迷走しはじめた感もあるが,そもそも専門性というのは,限られた範囲を詳細に拡大する「顕微鏡」でありながら,逆から覗けば,目に入るものを特定のコントラストに調節して,ある部分をクリアに,或いはビビッドに見ることのできる「色眼鏡」でもあるというのが持論なので,その意味では,原子力という「色眼鏡」の使い方の幅が広がっているので,むしろ良しとすべきだろうと思っている。

まぁ一般の人から見れば「原子力」をやっていることに変わりはなく,結局のところ自分の領域をどう定義するか次第なわけなので,自分自身を核不拡散屋などと定義するのはやめて,原子力(nuclear)や放射線(radiation)と名のつくものは全て扱っていこうと思う。

・・最近ふとそんな心境に至ったこともあり,原子力という「色眼鏡」で見た世界の様子というものを書いていきたい。